森川弘子『年収150万円一家』と北野勇作
参考にはならず
パン耳には助けられますよね
少ない収入、大きなゆとり
繰り返される夢、繰り返し起こる既視感。現実が夢に飲み込まれ、夢だと思っていたものが現実となる。見ていたものに見られ、見られていたものを見る。でたらめに再生される記憶。永遠に続く夢。どれが本当の事なのか、何が事実なのか。君を思い出しているぼくを見ている君を思い出したときのぼくを思い出したぼくは、はたして「ぼく」なのか? そして「ぼく」は何なのか? 「ぼく」が「君」になり、「君」は「ぼく」の一部になる。あるいは「彼」に。
夢また夢のその先は、永遠に醒めることのない現実という名の悪夢……、なんだけど、何を言ってもネタバレになる種類の小説。
たぶん、この小説に流れている「実際の時間」は、パチンと指を鳴らした音が消えるまでぐらいの、たった一瞬のことでしかない。その一瞬に折りたたまれた無限の孤独な記憶たちが、この小説の全てだ。
ノスタルジックであいまいな雰囲気小説じゃない。
この小説には、緻密で壮大な、一本の明確なストーリーが存在している。それをどうか読み取って欲しい。
その先にある底無しの果てしない寂しさと空しさを感じて欲しい。
何もかもを忘れてしまって、それがもう永遠に失われていることを知ってしまっても、それでも「何か」を守り続ける「主人公」の悲しいまでの清清しさを共有して欲しい。
活字でしか書けない、SFでしか描けない。そういう物語です。
でも、全然難解じゃないです。流れていったクラゲは、やがて川に現れます。すごくシンプルな物語であることも、感動の一要素です。
この小説のハードカバー版の表紙を描いているのが、森川弘子。
内容的にも、こっちの表紙の方が好きだったなあ。